第十五章 帰国後
<scene 30 日雇い仕事>
帰国後、運送会社に入り荷役をやった。
それで、暑い日には雨を降らせた。
そんな身勝手なことに力を使っていいのかと思いもしたが、自分が暑いのだから、恐らく周囲にも雨は必要だろうと気楽に考えた。
思い通りに、出勤途中の車のなかで、ワイパーを稼働させることになった。
その運送屋は、荷捌き所を岸と呼んでいた。港運の名残りが残っていて、陸送専門になっても、荷捌き所にトラックを接岸させるというイメージが残ったものだろう。
岸では、トラック・ドライバーと荷役係りの何気ない会話がある。
丁度、軽く雨を降らせたその日、
「これから、だんだん暑くなるねえ」
「そうだなあ。ま、暑くなったらさ、新人に雨降らしてもらえばいいんだし」
「ワヤ言っとる」
などという会話が交わされるのを、目の前で見た。
職場に新人は私しかいなかったが、天候操作のことなど誰にも話したことはない。誰かに話せるわけもない。
その会話は幻覚だったろうか。回復はしたものの、決してまだ万全ではなかったのかもしれない。もしくは精神伝播と呼ばれる現象だった可能性もあるが、真実がどれかなど、後になってもわからないことはある。
<scene 31 WEB上の魔族>
しかし、明白に幻覚ではない出来事もあった。ある日、羊羹のことが心に浮かんだ。数日後に遠くの親戚から、名物の羊羹が送られてきた。
(これは、シンクロニシティというものだろうか)
盆暮れの季節でもなかったので、気になって母になぜこんなものが送られてきたのか事情を問うと、「あちらにも、そういう人がいるから」と返された。
ある意味では母も私のシンクロ犠牲者といえたが、その遠くの親戚には精神病を患う者がいたので、腑に落ちた。他には子供など、伝播が起こりやすいようだった。
私がシンクロ犠牲者と呼ぶのは、たとえばユングの事件、彼のイリュージョンが娘に伝播し、家族で恐怖の一夜を過ごしたことに見られるような現象である。
テレビ番組でよくあるような、二人で同時に幽霊を見たから幻覚ではないと主張されるようなケースも同様で、イリュージョンの伝播である。感応精神病といわれるケースの範疇だろう。
超常現象を追うテレビ番組で扱われるような、UFOを呼んで集団で観察するサークルも同様だ。そうした現象も、精神医学的には共感性伝染や集団ヒステリーとして説明がつくだろう。ヒマ人のレクリエーションのために、わざわざ来てくれる宇宙人などがいるわけがない。
☆
テレパシーを信じるようになったのは、それほど昔のことではない。
ツィッターで、酒食の話題が豊富な女性と知り合った。
夕食と酒の話はでるが、朝食の話題が一度もないので妙に感じ、遊び心で(たまには朝食のことも書いたら)と念を送ると、翌日「朝食はリンゴでした」という書き込みが現れた。
なるほど、夕食には誰でも気合が入るが、朝食など軽くすませるから、話題として意識に浮上しなかったのだろう。
「リンゴをかじる私って、カッコイイかも」とオマケをつけ、取ってつけたような「話題」にしようとしていた。
(そういう人だったんだな・・・)
たまにメンタルヘルスの話題があり、自らがそうだと認めた事はなかったが、縁もゆかりもないというのでもなかったろう。リンクしやすい人材の特徴のひとつだ。
ある時期、あまりにもこちらの事情とシンクロすることを書き始めたので、メールを出したことがあった。しばしメール交換になったのだが、彼女によれば、「イメージで伝わる」ということだった。そして、こちらのことを言い当てられた。
何かが伝わるとしても、それは言語思考ではなくて、純粋思考のイメージの方らしい。
丁度その時、私は左上の奥歯が痛んでいた。
それも言い当てられた。
「左上の奥から二番目」と彼女は指定した。
「違うよ、一番奥だ」私は答えた。
「おかしいな」
彼女とそりが合わずに、もの別れになったが、その後我慢できなくなって歯科医に行くと、レントゲン検査の結果、虫歯は奥から二番目だと言われた。
「一番奥のやつが痛むんですがね」
違和感を述べると、
「それは感覚の錯誤です。よくあることですよ」
と返された。
<scene 32 カイシャにいた魔族>
日雇いをやめて、警備会社に就職した。
上司が、スキンヘッドのエキセントリックな人だった。他には、顔も声も俳優にしたい程ダンディだった。
そして、よく怒られた。
「おれには見えているんだぞ」
そう言って上司は目玉をぐるぐる動かした。
(やれやれ)
私は、映画の「マトリックス」を思い出していた。
主演のキアヌ・リーブスがバーチャル・ワールドに入って行き、それをPCディスプレイで見ているオペレーターが指示出しする映画だ。
機械警備は、まだ遠くそこまでになっていないが、それに類するものだ。赤外線ビーム等の検知器を使い、侵入者があれば出動する。
99パーセント以上が機械システムによる誤報だが、発報があれば出動する。基地局にいる管制と出動者は無線等で連絡を取る。
「現着。外周異常なし。警備システムを解除して内へ入ります」という具合だ。
管制も物件は熟知しているから、脳内の「絵」で見ることもできただろう。にしても、カマでもかけていたのか、案外はずれのこともあった。
しかし、図星で見透かされるようなこともあった。
港運会社は、いくつもの物件をくれる結構なお得意さまだった。
ある時、出動した先の港に、帆船「日本丸2世」が停泊していたことがあった。
マストには白い帆が全て張られ、ライトアップで夜の闇に浮かび上がっていた。
総帆展帆≪そうはんてんぱん≫だ。
寄港を知らなかったので、不意に現れたその光景は奇跡に見えた。船に近寄ってしげしげと見上げ、息を飲んだ。
ソーラス物件だったので、貸し切り会場といえた。※ソーラス条約、海上人命安全条約により、フェンスと鉄条網で囲われた国際港で、一般人の立ち入りは制限される。
帰ってから土産話で報告すると、「写真は撮らなかったのか」と問われた。
「いや、カメラは持っていかなかったんで」
写真撮影が必要な事案ではなかった。
「なぜ持って行かなかったんだ。お前の偶然と居合わせる力は、そんな程度のものなのか」
くだんの上司に怒鳴られた。開いた口が塞がらなかった。
私生活では、シンクロニシティとか、そういった種類のことは一切話さない。第一、そんな話しになる契機は稀だし、話したとしてもホラとしてしか受け止められないだろうから、意味がないのである。
それにしても、その頃には、日常のできごとから、精神感応はあると考えるようになっていた。もう仕方がないことだし、そうしたシンクロに慣れていかなけばならなかった。
☆
ところで、かなり後になって同僚に聞いた話だが、その上司は子供の頃から勘が鋭く、警察の捜査に協力していたという。よくテレビでみる超能力番組に出てくるパターンだ。(私はそういう番組を好んで見るタイプだ。)
「ウソだろ」
「いや、本人談ですから」なのだった。
そして思い起こせば、いくつもの証拠が私の記憶の中に転がっていた。
その警備会社は大企業の子会社で、業務の多角化により、機械警備と守衛のような業務をゴッチャに請け負っていた。
入門口の道路の真ん中に受付ブースがあった。忙しい時には目が回るほど客が来たが、ヒマな時も多かった。そんな時には、世の男性の常として、卑猥な妄想をして股間を膨らませることもあった。
一時間ごとに短い休憩を入れるシステムになっていたので、くだんの上司が交代にくることもあった。
「おまえ今、エッチなこと考えていただろ」
「そんなことありませんよ」
ごまかした。
まあ、ヒマを持て余すような状況では誰しもそんな妄想をするものだし、カマでもかけられた程度に思った。
だから、二度目に同じことを見抜かれた時には、さすがにギョッとした。
「わかっているんだからな」
上司は再び言った。言葉が返せなかった。
さらに三度目があった。その受付ブースは鉄筋コンクリートのかなり頑丈なものだったが、往来を行き来する20トン・トレーラーに突っ込まれたら、さすがに人生終わるだろう。そんな潜在的恐怖心からか、私はよく前方から機関銃で撃たれる妄想をした。
「そんなとこに座ってると機関銃で撃たれるぞ」
くだんの上司が、交代に来て開口一番そう言った時には、うすら寒く感じた。
それでも、身近に人の心を読めるような人材がいるなどとは、まず着想することすらできなかった。これは一体なにを、そしてなになら信じることができるのか、という固定概念の問題だ。
そうした出来事が、その上司が警察協力するほどの人材だったとわかってから、一気に再整列した。
テレビのチョー能力番組ではない。現実のことだった。
もう私にとっては、疑いもなく、そうしたトライブがいるのだと確信されたのだった。
それにしても、実際に人の心がわかってしまったら、人生色々と困るだろうと思う。そんな能力は、私には要らないな。
<scene 33 チョー能力対決>
ある日のこと、空は曇天だった。
私はその日、門中央の受付ブースに入っていた。
来訪者の受付をしたり、不正な来場者がないかチェックする業務だ。
一時間毎に、短い休憩がある。
その時も用を足すために、前面ガラス張りの警備センターに入ると、
「これ、降るのかなあ」
と空を眺めてくだんの上司がつぶやくので、私は「賭けましょうか」と応じた。
上司が「よおし、降らない方に賭ける」と言ったので、私は降る方に賭けた。
雨は、小一時間で降り始めた。
すぐに土砂降りになった。往来が冠水し、水面を叩く雨滴の王冠が見えるほどだった。
(意外と、早かったな)
機嫌の悪い風神雷神が派手にぶちまけているような雨を眺めながら思った。
勤務終了までに軽く降れば、賭けは勝ちだと考えていたのに。
私は、向こう側のガラス張りの事務所にいる上司を見やった。彼が口を丸く開けてこちらを睨んでいたので、ニンマリと笑いかけてやった。
一矢報いた。
「曇っててさ、ただ雨が降ってきただけじゃない。そんな騒ぐことでもない」
雨の中、休憩交代に来た同僚が、傘をたたみながら言った。誰か騒いだ人間がいたらしかった。
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