第十七章 夜のイチゴオレ


<scene 34 夜の自動販売機>




 季節は夏ではない。冬に向かう日だった。
 夜にぼうっと光りを放ち、最小限のスペースで店屋を開いているかのような自販機が、なんとも好きだ。
 夜の施設巡回中には、用がなくてものぞいて、(念力で品物が落ちないものかな)と思ってみたりした。
 その時も、冷たいものなど飲みたくはなかったが、いつもの自販機に新商品が加わっているのを発見して、立ち止まった。

 (いちごオレか。いいかもな)

 などと思いながら、ぼんやりと箱書きを読んだ。
 時に、奇妙な予感めいた感覚が前方右上から来た。
 刹那、ジーッと札を吸い込む機械音がした。
 なにかボタンが押されたような雰囲気があって、ガコンと物が落ちた。
 取り出してみるとそれは、「いちごオレ」そのものだった。
 暗然となった。
 そんな時にいつも感じる、あの青っぽい悲しみ。あれはPCディスプレーのブルースクリーンの色か、それとも青空の空虚だったろうか。

 (まだ続いているのか)

 遠い記憶にノックされたと感じた。あれから何年たつのだろう。
 実際的な反応として、私は自販機に釣銭がないかどうかまさぐった。
 最初に札が吸い込まれるような音を聞いたからだ。
 が、投入してもいないお金に機械が釣銭など払うわけもなく、しかし手に持った「いちごオレ」はポケットに入れた。

 警備センターに帰ってから飲んだブリック・パック飲料の味は悪くなかった。
 紙パックの腹を親指でペコリと潰し、天底を折ってゴミを減量化した。
 テーブルの上に投げ出され、降伏している折れ曲がった紙屑を、しばし懐かしいもののように眺めた。
 砂を噛むような日々だが、たまに甘いものもくれる。

 その後、自販機の商品を念力で取り出すことはやめた。一度できればいい。それに、警察には捕まらないかもしれないが、泥棒ではないか。



               (了)







子犬の夢