ランボー翻訳格闘専科





今から40年以上前、テレビCМでランボーをテーマにしたものが放映されていた。
何度も視聴する効果は恐ろしいもので、私は堀口大学の翻訳を買い、工場の休憩時間の薄暗い一隅で読んだものだった。
意味がわからなかったが、なんとなく言葉の響きが格好良く感じて、好きになった。

敬愛する郷土の偉人、栗本慎一郎が「日本語訳は間違っていることもママあるので、原典は無理でもせめて英語版を読め」と言っていたので、特に興味を持った書物は英語版を買った。日本で買う洋書は今も高いままだが、当時、インターネットで海外からの取り寄せができるようになっていたからだ。

私が買ったのは、バートランド・マシュー版だった。
マシューはカナダ人で、英語と仏語のバイリンガルだ。そんな紹介のあと、評者は前書きで、フランス語原文が併記されているので、マシューは思い切った現代英語調で英訳しています、と書かれていた。
最初、英語の部分だけ見ていたが、ふと、これ、仏和辞典買ったら原典で読めるのか?と思いついた。
文の面だけ見ると、仏語と英語に共通する綴りの単語がやけに多かったからだ。
元々フランス語はロマンス語の一支流だが、フランス王朝が英国に進出した影響で、英語が仏語の影響を受けている背景がある。

インターネットでホームページを作っていたので、そこに自分の拙訳を載せた。
そんな時に出てきたのが、宇佐美斉の新訳だった。私が完全に間違っている箇所があり、苦渋をなめた。
その後、フランス旅行に出かけ、ガイドブックを読んだお陰で、あれっ?と思う箇所が出てきた。
「地獄の季節」のなかの「飢餓」のソネットの一節だ。

眠りたい 煮えたぎりたい
ソロモン王の祭壇で
煮汁の泡が錆のうえを走り
セドロン川に流れ込む

このくだりだ。昔から、「煮汁の泡が錆のうえを走り」の部分が浮いているように感じていた。日本語として意味を成していない。
フランス語原文を示す。

Que je dorme! que je bouille
Aux autlels de Salomon.
Le bouillon court sur la rouille,
Et se mele au Cedron.

これをグーグル翻訳に投げ込むと、以下になる。

眠らせてくれ! 煮させてくれ
ソロモンの祭壇で。
スープは錆びの上に流れ、
キデロンと混ざり合う。


宇佐美斉の訳出は、直訳を詩的に表現したものだ。
しかし、フランス人が彼の翻訳の三行目をを読んだらどう思うのだろうか。
現在では日本でも日常的に使われるブイヨン=bouillon、ルイユ=rouilleという語。
ブイヨン(フランスのだし汁)。
ルイユは第一義では「錆」だが、特に料理ではブイヤベースなどのソースを指す。フランス料理ではごく一般的で基本的なアイテムだ。
ブイヨンはまだ味つけされていない出し汁なので、これにルイユを加えることは必須。
私が原文に忠実に訳すなら以下だ。

寝かせてくれ! 煮させてくれ
ソロモンの祭壇で。
ブイヨンがルイユを流し、
セドロンに流れこむ。

するとソネットの常套形式である1と3、2と4という対応で読むことが可能になる。
二行目ソロモン、四行目セドロンといった聖書的イメージのなかに、三行目は一行目の「煮る」イメージを受けてフランス料理つまり日常がサンドされている。 それにより聖俗が対比的に際立つのであり、感情の奔流が的確に表現される効果を生んでいる。








続く(と思う)